お茶会の御案内

三溪園大茶会

重要文化財の臨春閣や月華殿、市指定有形文化財の白雲邸や鶴翔閣で、茶道五流派のお茶が楽しめます。

 日時: 4月16日(金)、17日(土) いずれも10:00-15:00

 場所: 三溪園

 チケット代: 12,000円

申込詳細
http://www.sankeien.or.jp/news/news246.html 

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演奏会のご案内

ピアノとテルミン演奏 「第2回ぷらイム迎賓館 with 野谷恵」

 日時: 1月30日(土)14:30開演(14:00開場)

 場所: すみだトリフォニー小ホール

 チケット代: 3,000円(当日3.500円)

申込詳細↓
http://www.prhymx.com/info/info.html

奏者、曲目など↓
http://www.prhymx.com/flier/flier.html

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蓮根おろし乗せ白身魚の酒蒸し

Sakanarenkonn 先日のお茶会で出てきたメインディッシュの煮物椀、お出汁も具(椀種)も美味しく頂戴しました。

写真は、その具だけの一皿。作り方を教えていただいたので再現してみました。
白身魚に軽く塩をし、上に蓮根おろしを乗せて蒸すだけのシンプルな料理ですが、淡泊な白身魚におろし蓮根のねっとりした味が合います。
柚子絞り汁で頂戴しました。

煮物椀に仕立てる場合は、白身魚を5cm角程度に切り分けてから作り、出汁を張って、吸い口にへぎ柚子などを散らせば、出来上がり。

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蓮根おろし乗せ白身魚の酒蒸し

材 料:下記の材料を人数分用意する
   白身魚 1切(約100g)
   塩   一つまみ
   蓮根  100g
   酒   50ccc

作り方
1.白身魚の皮や骨を取り除き、切り身をバットに並べ、塩一つまみ分×人数分を30cm以上の高さからふり塩する。
2.蓮根をおろし金ですりおろし、ザルに広げて水分を自然に切る。
3.深めの皿に酒を注ぎ、切り身魚を並べ、蓮根おろしを約1cmの厚さに乗せる、
4.沸かした蒸し鍋(又はセイロ)に布巾を敷き、皿ごと魚を置いて強火で約15分蒸す。

※ふり塩とは文字通り塩を振ることで、高い所から振ることで均一に塩を行き渡らせる。

※3、4の工程は、蒸し器ではなく、テフロン加工のフライパンでも可能。その場合、テフロン・フライパンに酒を注ぎ、切り身を並べ、蓮根おろしを乗せ、蓋をしてから中弱火で約10分蒸し煮にします。

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失敗から生まれた料理: ユリ根金団の卵寄せ・柚子ソースがけ

Yurinekozara ユリ根きんとんで真っ白なそぼろの和菓子を作ろうとしたのだが、ほんの少し目を離した隙に若干焦がしてしまった。
真っ白なきんとんは望めない。そこで、溶いた卵を加えて仕上げ、柚子ソースをかけてみたところ、そこそこだったのでご紹介。

茶碗蒸しなどで数片使ったユリ根の残りを味醂と醤油で煮て卵とじにすることがある。それをユリ根きんとんに応用したものと言えば想像し易いだろうか。

写真は、直径10cmほどの小皿

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ユリ根金団のユリ根金団の卵寄せ・柚子ソースがけ

材料:
 ユリ根 2塊
 味醂  大匙1杯
 酒   大匙2杯
 卵   2個
 ダシ  大匙2杯

作り方:
1.卵をダシで溶いておく。
2.ユリ根の塊は1片ずつにはがし黒い部分は切り取り洗ってザルに上げる。
3.鍋にほぐしたユリ根を入れ、味醂と酒をふりかけ、蓋をして中火で煮て、ユリ根の8割程度に火が通ったら、木杓文字でよく混ぜ、ざっくり金団状になったら火を止める。
4.鍋の余熱がある間に、ダシで溶いた卵を流し入れ、木杓文字で金団と絡め、再び弱火にかけ、卵に8割程度火が通ったところで火を止め、余熱で固める。
5.器に盛り付け、好みで柚子ソースをかける。

※ 柚子ソースは、柚子ジャムと同量のお湯で溶いてシノワで濾したもので、肉や魚料理のソースに。お好みでブラックペッパーか、ホワイトペッパーを加えても美味しい。

Yurine2ko

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年の初めに

とある法事の説教で、お坊さんがいきなり「親死ね、子死ね、孫死ね。」と言った。
物騒で素っ頓狂な言葉にその場に居合わせた者は皆驚きざわめいたのだが、一休禅師の言葉を引いて語ったのだった。
一休に祝いの言葉を述べてほしいと招いたところ、この言葉が出てきたとか。
それでは、なぜ法事なのに祝いの席での一休の言を用いたのか。
真意は、先に生まれた者から順当に亡くなっていく、これほどの幸せはないというもの。
昔は乳幼児死亡率も高かったし、長寿の人も少なかったので、先に生まれた者から順に亡くなっていくこと自体が有難かった。
字義どおり、有り難いことであった。
これは現代においては見過ごされがちであり、肉親や友人知人の死に直面してはじめて、人はいつか死ぬものであることをやっと思い出すような社会の中で生きていることを示唆していた。

母は二十年余前に亡くなったが、今父は植物人間状態で入院中であり、父が旅立つための心の準備をしている。
ターミナルケアは患者本人のためばかりでなく、家族のためにもあるものと考えている。
一昔前ならとうに亡くなっていた父だが、現代医療と看護・介護のおかげで生きながらえている。
そして、父を見舞うたび一休禅師の言葉を思い起こしている。

さて、老人医療については是々非々あるが、役に立たなくなった人に医療を施すのはどうかといった効率一点張りの主張を見かけると、そう言うあなたこそ明日役に立つのかどうかと問い返したくなる。
生きるということは、人として役立つかどうかは問題ではなく、人間の尊厳を保つことである。
よしんば障害があったとしても生きてそこにいることこそが重要なのである。
これはなにも老人ばかりではない、誰についても言えることと考える。
誰かの役に立つことが生きることではない。生きている結果としてたまたま人の役に立つこともあるというものではないか。
そこを間違えると、効率主義の主張が生まれ、病気や障害のある人たちの勇気を挫くことになる。

生きようとする人の勇気を挫くのは、役に立たないといったネガティブな言葉を投げかける行為そのものである。
そうした行為は、人を否定して自己肯定を得るために行っている。
自分自身を真に愛していないからこそ、自己を直視することができす、己が欠点を人に見出してはそれを人に投げかけているのではないか。
いわば、外に敵を求めているようなものだ。
本当の敵は己が内側にある。
そういった良し悪し含めて丸ごと自分を愛せるようになるには、自分自身をよくよく見つめるしかないと思う。
そして、仕事で得られた尊称はあくまでも仕事について回るものであり、自分自身との乖離があるので、間違った進言は人を挫いてしまうことによくよく自戒してかからないといけないと宣言する。

こうしたことを踏まえてよく生き、いつかよく死ぬことができれば本望である。

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謹賀新年

Lynx_lynx_dc5487 ヨーロッパオオヤマネコ: lynx lynx

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果物のコンポート

Compotepear 果物をワインと砂糖、シナモンで煮込んで冷やせばコンポートの出来上がり。
ワイン(赤でも白でもOK)の分量は鍋に果物を並べてひたひたぐらい、砂糖の分量は果物の重量10-20%で作ると甘さ控えめで、肉料理の付け合わせにも使える。
写真は、洋ナシのコンポートのバニラ・アイスクリーム添え

果物を煮込んで残ったソースは煮詰めてコーンスターチや片栗粉でとろみをつけてソースとして使えるが、更に、別の果物を煮るのにも使える。
Compoteapple 写真は、上の洋ナシを煮たソースに紅玉リンゴを入れ、煮ながら潰したもの。ローストポークやローストチキンのソースに使用。

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料理についてあれこれ

最近、和食や懐石でちょっとした発見が2つほどありました。

一つは食材の組合せについて。

先日参加してきた和食の料理教室では、材料も多岐にわたり、食材の扱いと組合せが斬新でした。
はじめて目にする調理器具などもあり、久しぶりに非常に収穫の多いものでした。
料理は材料の組合せと調理法の順列と日頃から考えていますので、そういった観点から外れるものではありませんでしたが、しかし、その先生のアプローチは斬新でした。
さすがに長年雑誌にも料理を掲載しているだけあって、常に食材の最良な組合せを求めて試行錯誤を繰り返していることが最大の強みでしょう。
マンネリ化しつつある我が家の料理を省みているところです。

もう一つは食材そのものの質の問題。

夜咄の茶事にはじめて参加したのですが、手作りの懐石とお菓子が美味しかったのです。
特に懐石のメインディッシュとも呼ぶべき煮物椀の具と出汁が絶品でした。
あまりの美味しさに、後で、昆布と鰹節、塩の産地などについて質問したところ、昆布の品質が決め手とのこと。
出汁については一過言あるつもりでしたが、我が家の昆布はこれでよしとしたものが実は中級品であったことに思い至り、永らくより良き品を求めずに、出汁のひき方だけでなんとかしようと小手先を弄していたことに気付いたのでした。

いずれにしても、食材そのものを追及すること、生かすことを改めて考えた年の瀬でした。

注: 夜咄の茶事とは、主として冬に催され、夕刻から始まって茶室内は油の灯や蝋燭の明かりのみ、懐石の最後にデザートの主菓子が出された後一旦席を改め、お濃茶に続いてお薄を頂戴するお茶事。

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お知らせ

この1年ほど、ミニブログで活動していますので、こちらの記事UPがおろそかになっています。

先月のレイアウト変更によって一部の写真の縦横比が変わりました。写真を再度張り付け作業中。

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人は本来孤独

子供の頃、肺炎にかかって1週間ほど学校を休んだ時のこと。
普段は元気一杯だっだのに、病気でベッドにずっと寝ていたためか、死について考え巡らしたことを覚えている。
このまま肺炎が治らないと死んでしまうのではないか。私が死ぬとその後はどうなるのか。
その当時の日記を見ると、考えて得た結論は、死んだ後は何もなく、ただ人の記憶に残るだけ、人は本来ひとりなのだというように思ったことなどの内容。

そんなことを親に話したところ、心配した親は私を小児科に連れて行った。
医者から、嫌いな教科はないかと質問され、嫌いなものはないと答えると、今度は一番好きな教科は何かと聞かれた。算数と答えると、それでは好きな算数をどんどん勉強しなさいという指示。
今なら子供向けのカウンセラーに相談に行くのであろうが、四十数年前そんな結構なものはなく、小児科の医者がそれなりに対応していたのだろう。

帰る道すがらか、帰ってからだったか、親に、あの先生は話をそらしていると感想を述べたところ、難しいかもしれないけれどと、ある哲学書を渡された。
今思い起こせば、随分と生意気なガキだったと思うが、死について思い至っちゃたんだからしかたない。
十歳の子供に哲学はかなり難しかったが、読むことも好きだったし、考えることも好きだったので、それなりに読み進んだことは覚えている。
その本で、孤独や認識という言葉に出会ったことなどが思い起こされる。

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もしも、今、孤独について解明したいと思うなら、なまじな哲学書より以下2冊がおすすめ。

泉谷閑示、『「普通がいい」という病』、講談社現代新書、2006年、ISBN4-06-149862-2
泉谷閑示、『「私」を生きるための言葉 -日本語と個人主義』、研究社、2009年、ISBN978-4-327-37815-8

これら2冊の著者、泉谷閑示氏の本業は精神科医であり、最近の世相は日本の精神風土の神経症性にあると喝破している。音楽留学で渡仏経験を経て書かれた上記2冊を読む限り、泉谷氏は哲学者であると言っても過言ではない。

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